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大阪地方裁判所堺支部 昭和58年(ワ)627号 判決

原告

泉北生活協同組合

右代表者理事

東山和子

右訴訟代理人弁護士

原田紀敏

大正健二

高木甫

被告

堺市

右代表者市長

田中和夫

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

苅野年彦

草野功一

坂口行洋

寺内則雄

主文

一  被告は、原告に対し、金二五三万円及びこれに対する昭和五八年八月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(一)  (主位的請求)

主文第一項と同旨。

(二)  (予備的請求)

被告は、原告に対し、金二一三万円及びこれに対する昭和六一年七月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文第二項と同旨。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求原因

(一) 当事者

原告は、組合員の生活に必要な物資を購入し、これに加工し、又は生産して、組合員に供給する事業を主たる目的とした地域住民を組合員とする生活協同組合であり、被告は、建築基準法四条一項に基づき、市長の指揮監督下に、同法六条一項の建築確認に関する事務をつかさどらせるため、建築主事を置いている地方公共団体である。

(二) 違法行為

(1) 本件指導要綱に基づく行政指導

(イ) 被告は、前記のとおり建築主事を置くと共に、同主事や建設局開発調整部開発調整課(以下「調整課」という。)等の職員を指揮監督し、無秩序な乱開発を抑制する目的で、堺市宅地開発等指導要綱(昭和五四年三月二七日制定、同年五月一日執行・以下「本件指導要綱」という。)に基づき、行政指導を実施していた。

(ロ) 本件指導要綱によれば、「開発者は、都市計画法、宅地造成等規制法、建築基準法及び農地法等の法令に基づく許認可申請(届出又は確認申請等を含む。)に先立ち、市長に事前協議を申し出て、この要綱に基づく指示に従うものとする。」(五条)とされ、「この要綱に基づくすべての協議事項が成立したときは、市長と開発者において覚書を締結し、その原本を提示のうえ、開発行為等のための法的手続を行うものとする。」(三二条一項)とされている。そして、本件指導要綱には、事前協議事項として、「開発者は、開発区域の内外における必要な公共公益施設を、この要綱の定めるところに従い、開発者の負担をもつて整備し、かつ、本市が事業計画に基づき行う整備事業のための費用等を、別に定める基準により、提供するものとする。」(六条)、「公共公益施設の整備のための費用を市に納付する場合は、覚書締結の際に全額納入するものとする。」(三二条二項)と定められ、右費用(以下「開発協力金」という。)の金額は、堺市宅地開発等に関する指導基準(その1)(以下「本件指導基準」という。)の2項の規定により機械的に算出される仕組みとなつている。

(ハ) このように、本件指導要綱に基づく被告の行政指導によれば、開発者が建築基準法等の法令に基づく許認可申請をするためには、市長に事前協議を申し出て、事前協議事項の一つとして、本件指導基準によつて算出された開発協力金を被告に納付したうえで、覚書を締結し、その原本を提示しなければならないことになつている。

(2) 水谷課員による本件行政指導

(イ) 原告は、昭和五七年、その所有にかかる別紙目録記載(一)、(二)の土地(以下「本件土地」という。)上にあつた倉庫を取り壊し、右土地上に新しく同目録記載(三)の建物(以下「本件建物」という。)を共同購入センターとして建設(以下「本件建設」という。)することを計画し、同年二月八日の定例理事会でこれを決定し、同月二八日、訴外株式会社青柳建設(以下「青柳建設」という。)に対し、同年六月一五日着工、同年一一月一〇日竣工の予定で、本件建設工事を注文し、次いで、同年四月、青柳建設(ただし、形式上は株式会社青柳建設一級建築設計事務所の松尾紀昭)に、本件建物の建築に必要な建築基準法に基づく建築確認申請等の法的手続を委任した。

(ロ) 青柳建設は、同年四月二〇日、原告の代理人として、本件建設についての事前協議の申し出をし、本件指導要綱に基づき、調整課職員水谷勉(以下「水谷課員」という。)ら被告職員の行政指導を受けたが、右事前協議の過程で、水谷課員から、指導基準により算出された開発協力金二一三万円の納付を要求され、同年五月下旬ころ、その旨を原告に伝えた。

(ハ) 原告は、法的根拠の明確でない金員の支出には応じ難いとして、原告の専務理事望月躬三(以下「望月」という。)が同年六月一二日、被告の調整課を訪れ、水谷課員に対し、事前協議及び開発協力金についての説明を求め、「開発協力金の支出は承諾できない。開発協力金の納付と建築確認申請等の法的手続を切り離して欲しい。工事の着工時期が迫つているので、とりあえず建築確認申請を受理してほしい。」と申し述べ、開発協力金に関する行政指導を拒否する明確な意思表示をした。

(ニ) これに対し、水谷課員は、望月に対し、行政指導や開発協力金の法的性質についての説明を一切せず、「市は本件指導要綱に基づき行政指導をしている。建築確認申請を受理するためには、本件指導要綱に基づく覚書の締結を必要とする。覚書の締結には開発協力金の払い込みが必要だ。」などと主張して譲らず、「建築確認申請を受理してもらいたいのであれば開発協力金を払い込め。」との行政指導(以下「本件行政指導」という。)を行つた。

(ホ) そこで、望月は、水谷課員から、「市の行政指導では開発協力金の払い込みがないと、建築確認申請等の法的手続を受理してもらえない。」との確認を得たうえ、「工事の日程の余裕がないので建築確認申請を受理してもらうためやむを得ず払うが、納得して開発協力金を支払うのではない。後で必ず返還請求する。」旨申し述べ、同日二一三万円を被告に納付し、これに引き続いて、原・被告間で覚書を締結したところ、本件建物の建築確認申請等の法的手続が受理された。

(3) 本件行政指導の違法性

(イ) 本件指導要綱は法律上の根拠又は授権に基づかない行政機関内部の単なる訓令にすぎないから、本件指導要綱が定める前記開発協力金の納付についての行政指導も開発者の任意の協力をうながす程度のものでなければならず、それに従うかどうかは指導を受ける開発者の完全な自由意思に委ねられるべきである。

(ロ) しかるに、水谷課員は、望月に右趣旨を全く説明しなかつたばかりか、開発協力金の納付と建築確認申請手続とをからみあわせて、開発協力金の納付がないと、結局原告は建築確認申請手続を進めることができない不利益を被る旨を明言したものである。このような被告の許認可権という優越的地位を背景にして、原告に対し、開発協力金を納付しないと建築確認申請手続を進めないとする行政指導は、本来開発者の任意の意思による寄附にすぎない開発協力金の納付を原告に強制するもので、服従の任意性のない規制的行政指導というほかなく、地方財政法四条の五(割当的寄附の禁止)に違反し、行政指導として許される範囲を逸脱した違法行為である。

(ハ) 仮に開発協力金の納付を建築確認申請手続とからめた行政指導が許されるとしても、少くとも開発者から、両者を切り離してほしい旨の要請があつた場合には、行政指導の担当者としては、開発協力金が本来は建築確認申請手続とは関係のないもので、開発協力金の納付をすると否とに関係なく右確認申請は受理され、建築確認が得られる旨明確に説明し、その上で、開発協力金の納付につき協力を求めるべき義務があるというべきであるが、水谷課員は、前記のとおり望月が開発協力金と建築確認申請等の法的手続を切り離して欲しいと申し出たのに、右のような説明を一切せず、かえつて、原告の建築確認申請には、その前提として開発協力金の納付と覚書の締結が必要であると主張して譲らなかつたものであるから、水谷課員の本件行政指導は、右義務に違反し違法である。

(三) 被告の責任

(1) 水谷課員は、本件行政指導をした際、開発協力金が建築確認申請手続と法的には関係がなく、開発者がその納付を拒否してもなんら法的に不利益を被らない任意の寄附であることを知りながら、あえて前記違法な行政指導をして金員の納付を強要したものであり、これは故意によるものであるが、仮にそうでないとしても、行政指導を担当する行政職員としては、その旨知るべきであるにもかかわらず、これを知らず、違法な行政指導をしたのであるから、水谷課員には右違法行為につき過失があつたことは明らかである。

(2) 被告の調整課職員である水谷課員が、その職務として行つた本件行政指導により、原告に後記損害を加えたものであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告に対し、右損害を賠償すべき責任がある。

(四) 原告の損害

(1) 原告は、前記のとおり、水谷課員の違法な行政指導によつて開発協力金名下に二一三万円を支払うことを余儀なくされ、同額の損害を被つた。

(2) 原告は、本件訴えの提起と追行を原告訴訟代理人に委任し、その際費用として二〇万円を支払い、報酬として二〇万円を支払う旨約したが、右合計四〇万円は、違法な本件行政指導による損害である。

2  予備的請求原因

(一) 原告は、被告に対し、昭和五七年六月一二日、開発協力金二一三万円を納付した。

(二) しかしながら、被告の開発協力金の受領には、次のとおり法律上の原因がない。

(1) 原告は、本件建物の建築確認申請手続のために法律上必要な強制的負担金であるとの認識のもとに右金員を納付したものであつて、寄附の意思は全くなかつた。

(2) 仮に原告に寄附の意思があつたとしても、原告は、開発協力金が強制的負担金であると誤信し、かつ、右誤信を表示して被告に納付したものであるから、意思表示の要素ないし動機に錯誤があつたものというべく、右寄附は無効である。

3  結論

よつて、原告は、被告に対し、主位的に国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、前記損害金二五三万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五八年八月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的に民法七〇四条による不当利得返還請求権に基づき、前記不当利得金二一三万円及びこれに対する昭和六一年七月一六日付準備書面送達の日の翌日である同月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  主位的請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)(当事者)の事実は認める。

(二) 同(二)(違法行為)について

(1) (1)の事実は認める。

(2) (2)の事実中、青柳建設が昭和五七年四月二〇日、本件建設につき事前協議の申し出をし、本件指導要綱に基づき、水谷課員ら被告職員の行政指導を受けたこと、青柳建設が右事前協議の過程で水谷課員から本件指導基準により算出された開発協力金が二一三万円である旨知らされたこと、望月が同年六月一二日被告の調整課を訪れて開発協力金の趣旨につき説明を求め、水谷課員に対し「開発協力金の支出は承諾できない。開発協力金の納付と建築確認申請手続等を切り離して欲しい。工事の着工時期が追つている。」旨申し述べたこと、これに対し、水谷課員が望月に対し開発協力金の払い込みを求め、「市は本件指導要綱に基づき行政指導をしている。建築確認申請手続をするためには本件指導要綱に基づく覚書の締結を必要とする。覚書の締結には開発協力金の払い込みが必要だ。」などと言つて説得したこと、望月が同日開発協力金二一三万円を被告に納付し、これに引き続いて原・被告間で覚書を締結し、その後本件建物の建築確認申請が受理されたこと、以上の事実は認めるが、(イ)の事実、青柳建設が原告の代理人として事前協議をしたものであること及び青柳建設が昭和五七年五月下旬ころ開発協力金の納付を要求されている旨原告に伝えたことは不知、その余の事実は否認又は争う。

望月は、同年六月一二日、水谷課員らに対し、「開発協力金というものはどういうものかよく判らない。あくまで協力金であるから確認申請を先に受付けてから協議して納めてもいいのではないか。我々は生活協同組合という公益的な性格上営利を目的とするものではない。そういつた意味から開発協力金の減免をして貰えないか。」などと疑問、質問を発したので、水谷課員ら調整課職員が丁寧に説明、回答をして開発協力金の納付を求めたところ、望月はこれを了解して前記のとおり開発協力金を納付し覚書を締結したもので、右納付は原告の自由な意思(服従の任意性)によるものである。

仮に望月が開発協力金を納付する際水谷課員に対し「後で返還請求をする。」と言つたとしても、それは無条件のものではなく、「後で減免措置に必要な大阪府の証明書が得られたときは返還請求をする。」と言つたのであり、右証明書の取得を解除条件として開発協力金を納付(寄附)する旨の意思表示をしたものと解すべきであるから、右納付が原告の自由な意思でなされたものであることは明らかである。

(3) (3)の事実中、本件指導要綱が行政機関内部の訓令であり、本件指導要綱が定める開発協力金の納付が開発者の自由意思によるべきものであることは認めるが、その余の事実は否認する。行政機関は、行政指導において、服従の任意性を得るため、間接的強制措置を含む説得をすることが許容されている。

(三) 請求原因(三)(被告の責任)について

(1) (1)の事実は否認する。

(2) (2)の事実中、水谷課員が被告の職員であることは認めるが、その余の事実は争う。国家賠償法一条一項の公権力の行使は、国又は地方公共団体の統治権に基づく優越的な意思発動作用の意味に解すべきであるから、服従の任意性を前提とする行政指導はこれに該当しないものである。

(四) 請求原因(四)(原告の損害)の事実は知らない。

2  予備的請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。前記1(二)(2)のとおり、原告は自由な意思で開発協力金を納付したものである。

三  抗弁及び主張

1  原告の本訴請求は、原告の専務理事である望月が、前記のとおり被告職員の丁寧な説明、回答を了解して開発協力金を納付した経緯に照らすと、信義則に反し許されないものである。

2  原告は、被告に対し、昭和五七年四月二〇日、「開発行為に当つては、関係法令、堺市宅地開発等指導要綱に基づく協議事項、その他貴市の指導を遵守することを誓約いたします。」との誓約書(乙第一号証)を提出しており、前記開発協力金の納付は、右誓約書による約定の履行と評価すべきものである。

四  抗弁及び主張に対する認否

抗弁及び主張はいずれも争う。

原告は、右誓約書を、被告の求めるままに事前協議を進めるために必要な書類として形式的に提出したにすぎず、これによつてなんらかの具体的な法的義務が生ずるものではない。また、右誓約書を提出した時点では、納付すべき金額も全く不明であつたのであるから、原告が、将来いくらの金額になるかもしれない寄附に応じる義務を負うということはありえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一主位的請求についての判断

1  請求原因(一)(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因(二)(違法行為)について

(一)  請求原因(二)の(1)の事実、青柳建設が昭和五七年四月二〇日、本件建設につき事前協議の申し出をし、本件指導要綱に基づき、水谷課員ら被告職員の行政指導を受けたこと、青柳建設が右事前協議の過程で水谷課員から本件指導基準により算出された開発協力金が二一三万円である旨知らされたこと、望月が同年六月一二日被告の調整課を訪れて開発協力金の趣旨につき説明を求め、水谷課員に対し、「開発協力金の支出は承諾できない。開発協力金の納付と建築確認申請手続等とを切り離して欲しい。工事着工の時期が迫つている。」旨申し述べたこと、これに対し、水谷課員が望月に対し開発協力金の払い込みを求め、「市は指導要綱に基づき行政指導をしている。建築確認申請をするためには本件指導要綱に基づく覚書の締結を必要とする。覚書の締結には開発協力金の払い込みが必要である。」などと言つて説得したこと、望月が同日開発協力金二一三万円を被告に納付し、これに引き続いて原・被告間で覚書を締結し、その後本件建物の建築確認申請が受理されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 昭和四〇年代に人口が都市に集中した結果、堺市においても市内の公共公益施設が不足するなど急激な都市化のひずみが生じて来たことから、被告は、無秩序な開発行為等を抑制し良好な街づくりを図る等の目的で、昭和四九年に堺市宅地開発等指導要綱を制定したが、その後の状況の変化に伴い、昭和五四年に改めて本件指導要綱を制定・施行し、これに基づき、堺市の区域内で建築物の建築その他の開発行為を行う開発者に対し、諸々の法令に基づく許認可申請等の法的手続に先立ち、事前協議の形式で行政指導を実施して来た。

(2) 本件指導要綱に基づく行政指導の手順は、まず開発者が被告の開発調整局開発指導課に事前協議を申し入れ、それと同時に、被告所定の「堺市宅地開発等指導要綱に基づく事前協議に関しましては、別紙のとおり申請を行ないます。また、開発行為に当たつては、関係法令、堺市宅地開発等指導要綱に基づく協議事項、その他貴市の指示を遵守することを誓約いたします。」と記載された誓約書を被告に提出し、次いで同課の指示する関係所管部課との事前協議を進め、最後に調整課での開発協力金に関する事前協議に入り、同課職員から、本件指導基準によつて算出された開発協力金の金額の告知を受け、その金額を全額納付した後に開発行為に関する覚書を締結して手続を終了する。

(3) 本件指導要綱に基づき、開発者は、関係所管部課との事前協議において、当該開発行為に伴つて必要となる開発区域内外における道路、排水施設、水道施設、公園緑地、消防水利施設等を開発者の負担で確保整備することを求められ、更に被告が事業計画に基づいて行う整備事業のための費用(開発協力金)等の納付を求められるが、開発協力金の額は、当該開発行為に伴う公共公益施設の個別的具体的必要を考慮するものではなく、本件指導基準に定める住宅の種類、戸数、宅地面積、小・中学校の過密過大度、住宅密度、区域性等についての一定の基準に従つて機械的に算出されるものであり、しかも、納付された開発協力金は、一旦堺市公共施設等特別整備基金に積み立てられるものの、結局は一般財源に繰り入れられ、当該開発行為との関連なしに、道路整備、農業用排水路整備等に使用されている。

(4) 建築確認申請書を受付ける被告の窓口は建設局開発指導部建築指導課であるが、本件指導要綱に「この要綱に基づくすべての協議事項が成立したときは、市長と開発者において覚書を締結し、その原本を提示のうえ、開発行為等のための法的手続を行うものとする。」(三二条一項)と定めているため、事前協議に当る被告の職員らは、建て前では本件指導要綱が法的根拠のない内部的な指示文書であることを承知しながら、その運用においては、開発協力金の納付と覚書の締結を担当する調整課の職員は、もし開発者が開発協力金の納付を承知しないときは、これを承諾するまで説得せざるをえないと考え、また、建築確認申請の窓口事務を担当する建築指導課職員も、覚書の締結に至らず、その原本の提示がなければ、当該建築確認申請書類に不備があるとの取扱いをせざるをえないと考えており、本件指導要綱の運用にあたる被告の職員らは、開発協力金の支払をあくまで拒否された場合の対応について考えたこともなかつた。

(5) このような被告の本件指導要綱に対する運用面での実情を背景にして、従来開発者の代理人として被告との事前協議に当つてきた建築士たちは、被告の行政指導に逆らうことはできず、開発協力金は税金と同様の強制的徴収金であると理解し、開発協力金の納付に不満を述べる開発者に対しては、開発協力金を納付しなければ覚書が締結できず、結局建築確認申請書を受付けてもらうことができないと説明していたため、過去においては開発協力金の支払をあくまで拒否するという事態が発生することはなかつた。

(6) 原告は、本件土地上の倉庫兼事務所が手狭になつたため、昭和五七年二月八日の定例理事会で、右建物を取り壊し、右土地上に本件建物を建設(着工は同年六月一五日、完成は同年一一月一〇日と予定)することを決定し、そのころ、青柳建設との間で、工事代金一億二八六四万円の請負契約を締結し、更に本件建物の建築確認申請手続等の法的手続も青柳建設(ただし、形式上は株式会社青柳建設一級建築設計事務所の松尾紀昭)に委任した。

(7) 青柳建設の社員曽我善英(以下「曽我」という。)は、昭和五七年四月二〇日、被告に対し、本件建設についての事前協議の申し出をすると共に原告名義の前記文面の誓約書(乙第二号証)を提出し、同月二七日から同年六月一日までの間に、消防本部を手始めとして、関係所管の一三の部課と事前協議をし、同日、調整課との間で、最後の事前協議である開発協力金についての協議に入つたところ、本件建設にかかる開発協力金が二一三万円である旨の告知を受けたので、そのころ、原告の専務理事である望月にその旨報告し、右開発協力金を被告に納付するよう依頼した。

(8) 望月は、本件建設に関する資金計画において、前記工事代金以外にそのような多額の出費を要することを予期していなかつたので、曽我の右報告を聞いて驚きかつ憤慨し、右開発協力金の納付の根拠を曽我に問い質したところ、同人からその根拠は本件指導要綱であり、開発協力金を払わないと覚書が締結できず、建築確認申請等の法的手続が進まないと説明された。

(9) そこで、望月は、曽我に本件指導要綱及び本件指導基準を取り寄せさせて検討したところ、本件指導要綱は、その規定文言からみて開発者に対し多くの義務を課しており、開発協力金についても、曽我の言うとおり、これを納付しないと覚書を締結できず、建築確認申請等の法的手続も進められないものと理解されたが、本件指導基準には、「市長が特に必要と認めるものについては、開発協力金を減額又は免除することができる。」(2項(4))との規定があつたので、曽我に対し、原告が右減免措置の適用を受けられるよう被告と交渉せよと迫つたが、曽我は、それまでの経験から開発協力金は税金のようなもので減免される例はないと考えていたため、これを断り、望月自ら被告と交渉するようすすめた。

(10) そこで、望月は、昭和五七年六月一二日(土曜日)午前一〇時過ぎころ、曽我外一名と共に調整課を訪れ、水谷課員に対し、「開発協力金はどうしても払わなければならないのか。その根拠は何か。」などと質問したところ、水谷課員は、本件指導要綱の法的性質はもちろん、開発協力金の納付が法的拘束力のない寄附であることも説明せず、「指導要綱に書いてあるとおり、皆に協力してもらつているから払つてもらわないと困ります。」と言つて開発協力金の納付を説得するだけであつた。

(11) そこで、望月は、本件建設がいわゆる建て替え工事であることと原告が生活協同組合で公共的な性格をもつことを強調して、開発協力金の減免措置の適用を執拗に求めたが、水谷課員は、「建て替えであつても公共的な建物であつても、国又は地方公共団体から補助金を受けていることなどの証明がなければ、開発協力金はかかつてきます。」と言つて、右減免措置の適用を認めようとしなかつたので、望月は、「開発協力金の納付は承諾できない。協力金の支払いと建築確認申請とを切り離してくれないか。開発協力金をたな上げにして、建築確認を先に受け付けてくれないか。」と再三要求したが、水谷課員は、調整課の井上課長と共に、「公的施設であるとの証明がなければ、手続的には今のまま協力金を払つていただきたい。」「事前協議が終了したという証明がない以上、建築確認はむつかしい。」などと答えるだけで全く進展しないまま約一時間半経過し、正午近くなつた。

(12) 原告は、昭和五七年六月一四日(月曜日)に開催される第一一回通常総代会で本件建設につき承認決議を経る手はずとなつており、年末の繁忙期前に本件建物を完成するために予定どおり同月一五日に着工する必要があつたので、望月は、開発協力金の問題を同月一二日中に解決したいと考えていたが、本件指導要綱の前記のような規定と水谷課員の一貫して変らない発言内容から、これ以上押し問答を続けても、原告が開発協力金二一三万円を被告に納付しなければ建築確認申請等の法的手続は進まないものと判断し、不満をもちつつ水谷課員に対し、「あとで証明書がとれれば、開発協力金の返還請求をする。」旨言明し、同日正午前ころ、持参していた金額二一三万円の小切手で開発協力金を納付し、直ちに原・被告間で覚書を締結した結果、原告は、同年八月六日、建築確認通知書の交付を受けることができた。

(13) その後、原告は被告に対し、昭和五七年一〇月九日付で本件指導要綱の法的根拠の説明を求めるとともに、開発協力金の返還を求める旨の要望書を提出し、文書による回答を求めたが、同年一一月下旬ころ、前記井上課長から口頭で、開発協力金は寄附であつて開発者には法的な納付義務はない旨の返答を受けたので、同年一二月二五日と翌五八年一月一七日の二回、被告の助役と交渉したが、一旦寄附されたものは返還できないとの返答を受けたため、本件訴えを提起するに至つたものである。

(三) 本件指導要綱は法律上の根拠又は授権に基づかない行政機関内部の単なる訓令にすぎないものであるから(この点は当事者間に争いがない。)、被告は本件指導要綱で定める事項を開発者に強制しえないことはいうまでもないが、地方公共団体として地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すべき責務を負う(地方自治法二条二項、三項一号)被告としては、前記認定のような本件指導要綱制定の目的を達成するために、現行法規制の不備と地域住民の現実的要請とのギャップを補完するため適切な行政指導を実施することは望ましいことである。したがつて、被告が、各種法令に基づく許認可申請の受理に先立つて、開発者に対して一定の行政指導をしたとしても、いちがいにそれが違法であるということはできないが、それは右許認可権の根拠となる法令が被告に右権限を与えている趣旨・目的等に照らして社会通念上相当と認められる限度にとどめられるべきであり、そもそも、行政指導の手段又は結果が地方公共団体である被告に対し行為の禁止を命じている法令の明文の規定に反する場合には、それ自体許されないものといわざるを得ない。

ところで、地方財政法四条の五は「地方公共団体は住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄附金を割り当てて強制的に徴収(これに相当する行為を含む。)するようなことをしてはならない。」と定めているところ、前記認定事実によると、本件指導要綱の定める開発協力金は、開発者の被告に対する寄附と理解すべきものであるが、開発行為によつて被告が被る負担を個別的、具体的に考慮することなく、一定の基準により機械的に算出され、しかも納付された開発協力金は、当該開発行為に関連なく支出されていること、原告の専務理事望月が水谷課員から納付を求められた開発協力金の額は、本件建設工事費の一・六五パーセントに当る二一三万円という高額なものであつたこと、水谷課員は、前記井上課長と共に、望月に対し、開発協力金が寄附であることの説明を一切せず、建築確認申請が受理されるためには、開発協力金を納付して覚書を締結することが必要である旨の行政指導を明示的に行い、開発協力金が寄附であることを知らない望月が、納付の根拠を納得せず、減免措置の適用を求め、更に開発協力金の納付と建築確認申請の受理とを分離して扱うよう求めたにもかかわらず、これを撤回、変更する意思は毛頭なく、強固な態度で開発協力金の納付を説得し続けたこと、そのため望月は、建築確認が遅れることによつて原告が被る多大の損害を考慮して、後日減免措置に必要な証明書を整えて返還請求をする旨申し述べたうえ、やむなく開発協力金を納付したものであることが認められるのであつて、水谷課員の望月に対する本件行政指導は、建築基準法六条二項が建築確認申請書を受理することができない場合として定める事由もないのに、同法が建築主事に義務づけている建築確認申請書の受理を保留し、ひいては建築確認の審査を引き延ばすという不当な手段を背景にして、割り当て的寄附を強制的に徴収するのに相当する行為に当り、これを禁止する前記地方財政法四条の五に違反する違法なものといわざるをえない。

被告は、望月による開発協力金の納付は、原告が前記誓約書(乙第二号証)を提出してなした約定の履行というべきものであると主張するが、右誓約書の提出時期(右誓約書は事前協議の申立の際提出されたもので、その時点では開発協力金についての具体的なことは全く決められていない。)、その記載文言(第一文は事前協議の申請であり、第二文は一般的に協議事項、その他被告の指示を遵守する旨の誓約にすぎない。)、水谷課員の望月に対する本件行政指導の態様及び望月が開発協力金を支払うに至つた経緯等前記認定の事実に照らすと、右開発協力金の支払が右誓約書による約定の履行であるとは到底認め難いから、右主張は採用できない。

3  請求原因(三)(被告の責任)について

前記認定事実によれば、水谷課員は、本件開発協力金が開発者の任意の協力によつて納付されるべき寄附であることを知つていたか、少くとも知るべきであつたものというべきであるから、違法に開発協力金の納付を強要する本件行政指導を行つたことについては、少くとも過失があつたものというべきである。そして、水谷課員が被告の職員であることは当事者間に争いがないから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

被告は、国家賠償法一条一項の公権力の行使を国又は地方公共団体の優越的な意思発動作用の意味に解すべきであると主張するが、同項にいう公権力の行使とは、現代の公行政が様々な手段を用いて行政活動を営んでいる実態に照すと、国又は地方公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と同法二条によつて救済される公の営造物の設置管理作用を除く、すべての作用を意味するものと解するのが相当であるから、水谷課員の望月に対する本件行政指導が同法一条一項の公権力の行使に該当することは明らかであり、被告の右主張は失当である。

4  請求原因(四)(原告の損害)について

(一)  前記認定事実によれば、原告の専務理事である望月は、水谷課員の違法な本件行政指導を受けた結果、被告に対し、開発協力金名下に二一三万円を支払うことを余儀なくされたものであるから、原告は、水谷の右違法行為によつて同額の損害を被つたものと認める。

(二)  弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴えの提起と追行を原告訴訟代理人に委任し、その際費用として二〇万円を支払い、相当額の報酬を支払う旨約したことが認められるところ、原告が本件訴えを提起するに至つた経過、本件訴訟の内容、審理経過、認容額等諸般の事情を勘案すると、前記違法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべき弁護士費用は、四〇万円をもつて相当と認める。

5  信義則違反について

被告は、望月が本件開発協力金を納付した経緯に照らすと、原告の本訴請求は信義則に反し許されない旨主張するが、原告の本訴請求が、信義則に反するものと認めるに足りる資料はないから、右主張は理由がない。

二結論

よつて、原告の主位的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大須賀欣一 裁判官小林克美 裁判官符川 博)

別紙目 録

(一) 堺市小代七二七番

宅地 一一〇四・〇〇平方メートル

(二) 同所七二八番

宅地 四八五・〇〇平方メートル

(三) 同所七二七番地、七二八番地

家屋番号 七二七番二

鉄骨造陸屋根亜鉛メッキ鋼板葺三階建事務所倉庫

床面積 一階 七四五・九〇平方メートル

二階 四五九・九〇平方メートル

三階 四五九・九〇平方メートル

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